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2009年5月19日 (火)

トゥーランドット

VINCEROの記事で書いた「ハッピーエンドというのは問題」という、その「問題」についてです。

トゥーランドットには主人公カラフと生き別れになった元皇帝のティムールと、目が見えなくなったティムールを支えてティムールとともに放浪の旅を続けていたリュウという女性が出てきます。リュウは元は奴隷の身だったのですが、かつて宮廷で自分に微笑みかけてくれたカラフに思いを寄せています。

物語はカラフとティムール、リュウの三人が北京で再開するところから始まるのですが、トゥーランドットに一目惚れしてしまったカラフは、ティムールとリュウがとめるのも聞かず、単身トゥーランドットの出す三つの謎に挑み、前に書いたように、謎を解いて「自分の名前を当てて見ろ」などという、余計なことを言ってしまいます。

カラフがいい気になって「朝になれば私の勝ちだ!」などと歌っている間に、ティムールとリュウがカラフと一緒にいたことがばれて、この二人はカラフの名前を知っているに違いないと、二人は捕らえれてしまいます。役人がカラフの名前を教えろとリュウを責め立てると、リュウはそれに耐える自信がないと、自らの命を絶ってしまいます。

ここでカラフがトゥーランドットを「お前が殺した」と責めるのですが、それって、変ですよね?カラフがトゥーランドットの謎に挑まなければ、あるいは謎に挑んでも、「自分の名前を当てろ」などと言わなければ、リュウが死ぬことはなかったんですよね。

それに気づかず、というより、それに気づいて「僕は悪くないよー、悪いのはお前だよー」とトゥーランドットに迫るカラフの「おこちゃま」ぶりは、いただけませんねえ。これじゃあ「その人の名は、愛」ではなくて、「わがまま坊主」…

トゥーランドットは、プッチーニの最後のオペラですが、プッチーニはリュウの死の場面を完成させたあと死んでしまい、その先は弟子のアルファーノという人が完成させました。

このオペラのヒロインは、タイトルロールのトゥーランドットなはずなのですが、トゥーランドットには魅力的なアリアなどはなく、二つの美しいアリアを持つリュウが、音楽的にはヒロインです。

多分、プッチーニが惚れていたのもリュウで、それを「ついうっかり」殺してしまったため、先が書けなくなってそのまま死んでしまった…というのは私の勝手な想像ですが、このオペラの初演のとき、指揮をしたトスカニーニは、リュウの死の場面で演奏をやめ、「ここでプッチーニは死んだのです」と言って終わったのだそうです。随分前のことになりますが、ヴェローナ歌劇場の引越し公演でこのオペラが日本で上演されたときは、リュウの死で一旦演奏を止め、指揮者が観客に向かってお辞儀をして、拍手を受けた後で、その先を演奏しました。

この先の音楽は、オーケストレーションが精彩を欠いていますし、カラフとトゥーランドットの歌も、魅力あるものではありません。

リュウが死に、リュウの遺骸とともにティムールが退場したところで、「自分犯した罪の意識に苛まれながら、立ち尽くすカラフとトゥーランドット」を残して終わるというのが、音楽的にも、物語的にも、いい終わり方だと、私は思っています。

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