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2009年7月11日 (土)

新国立劇場のトゥーランドット

録画しておいた、新国立劇場のトゥーランドットを見た。演出はヘニング・ブロックハウス。この演出は、歌劇トゥーランドットという虚構に、プッチーニの人生に起きた事実を重ねたつくりになっている。

この演出では、歌劇トゥーランドットは劇中劇として始まり、プッチーニ自信と思われる男性にはカラフの役が、プッチーニの妻、エルヴィラと思われる女性にはトゥーランドットの役が、そして、リュウ役はプッチーニと知り合いと思われる女給仕に割り振られる。

役が割り振られるところは、無言で音楽なしに進められ、役の割り振りが終わると演者たちに楽譜が配られ、プッチーニのトゥーランドットが始まる。

プッチーニの妻エルヴィラは、元はプッチーニの友人の妻で、プッチーニと愛し合って夫のもとを離れてプッチーニと暮らすようになるのだが、カソリックが離婚を許さなかったため、二人が正式に結婚するのには一緒に暮らし始めてから20年後になる。

そうまでして一緒になった二人だが、プッチーニは惚れっぽい性格で、エルヴィラと暮らすようになってからも何人かの女性と浮名を流し、エルヴィラは嫉妬深い女性だったので、二人の間にはけしておだやかな夫婦生活があったわけではない。最大の事件は、プッチーニ家の小間使い、ドーリア・マンフレディをめぐるもので、プッチーニとの関係を疑ったエルヴィラがドーリアを誹謗中傷し、それを苦にしたドーリアは、自殺してしまう。

ブロックハウスの演出は、プッチーニ、エルヴィラ、ドーリアを、カラフ、トゥーランドット、リュウに重ねた配役になっている訳だ。リュウの死の場面では、リュウはトゥーランドットの頭からかんざしを抜き取り、それでわが胸を突いて自らの命を絶つことで、トゥーランドット(エルヴィラ)がリュウ(ドーリア)を死に追いやったことを強調している。

ブロックハウスの演出では、リュウが死んだところ、つまり、プッチーニが完成させた音楽の終わりで劇中劇としてのトゥーランドットは終わり、始めに配られた楽譜は、「こんなはずじゃなかったのに」という感じでかばんの中にしまわれ、演者たちはトゥーランドット劇の衣装を脱ぐ。

ここからはプッチーニとエルヴィラの劇として、話が続くのだが、新聞を読んでエルヴィラを非難するプッチーニ、給仕から手渡された手紙を見て動揺しながら自分を正当化しようとするエルヴィラ、やがてエルヴィラはプッチーニの愛を受け入れ、プッチーニもエルヴィラを許して二人は結ばれる。

リュウを死に追いやったカラフと、トゥーランドットを非難するカラフは別人とすることで、前に私が書いた矛盾を解消している訳だ。

現実のプッチーニとエルヴィラとはどうだったかというと、ドーリアを死に追いやったこと(これによってエルヴィラはドーリアの親族から訴えられ、その裁判の中でドーリアとプッチーニの間には関係がなかったことが証明される)をプッチーニは非難して、一度は別れようとする。しかし、結局はしばらく別居したあと、エルヴィラが可愛そうになったプッチーニはまたエルヴィラと暮らし始め、二人の生活はプッチーニの死まで続く。

まあ、概ねこのブロックハウスの演出の通りになった訳だ。

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