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2009年7月10日 (金)

グランド・ファンク・レールロード

1960年代の終わりに現れたアメリカのバンドに、グランド・ファンク・レールロードがある。

ビートルズに始まるブリティッシュ・インヴァイジョンに対抗しようと作られたと言われるバンドで、そういう意味では商業ロック・バンドなんだけど、「音がでかいだけの能無しバンド」なんていう雑誌記事を自分たちのポスターに使ったり、突然反戦の曲を出して見たりと、反体制を演出した商業バンドという、ちょっとひねった存在だった。

そのグランド・ファンクが日本に来たのが1970年、ウッドストックの翌年。会場は今は無き後楽園球場で、オープン・スペースでのロック・コンサートということで、ウッドストックと重ねていた人は多かったと思う。

当日は風雨が激しくて、なんとかコンサートは始まったものの、前座のマッシュ・マッカーンが終わったところで雨が強くなって、グランド・ファンクの出が遅れた。

観客はウッド・ストックの真似をしてNO RAIN !, NO RAIN !と叫んだり、ラーー・ソミ・ソー・ラというメロディーを歌ったり…雨がやんでグランド・ファンクが現れたときはもちろん総立ち、彼らの最大のヒットであるハート・ブレーカーは大合唱。

途中雨が降ってきてもバンドは演奏はやめず、屋根のないステージの上でずぶぬれになって演奏を続けた(危ないねえ)。雨はドラム・ヘッドの上にもたまって、ドン・ブリューワーがたたくドラムからは水しぶきが盛大に上がっていた。

観客ももちろんずぶ濡れ。グランド・ファンクの大音響と悪天候が生み出した、観客同士の一体感に酔っていた。

でも、コンサートが終わると、その一体感は帰りの水道橋駅までしか続かなかった。帰りの切符を求めてみんな押し合いへし合い。

おい、俺たちは仲間じゃなかったのかよ、友だちじゃなかったのかよ。

このときから、音楽を通した人と人とのつながり、一体感という言葉に私は懐疑的だ。演奏仲間以外はね。

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