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2009年8月15日 (土)

戦犯合祀ー殺した側と殺された側

今日は終戦の日、毎年首相の靖国神社参拝が話題になる。

靖国参拝問題は、国内では政教分離の問題で論じられることが多いが、国際的には戦犯合祀、つまり、戦争裁判で戦犯とされた戦争責任者も一緒に祀られている靖国神社に、首相が参拝することが問題視されている。

つまり、「日本はこの間の戦争を反省しているのか?」という訳だ。

戦争に行き、南方戦線(東南アジア)で戦った方が、この問題について「殺した側と殺された側が、一緒に祀られているなんて、そんなバカな話があるか!」と、語気を荒げて語ったことがある。

南方戦線では、過酷な環境の中、武器も食料も風土病に対する薬も満足にないまま、作戦ともいえないような作戦が繰り返された。

あるのはただ奇襲のみ。夜、奇襲をかければ、戦闘体制の整っていない敵は、自分を守るために逃げる。だからあっさり敵陣地を奪える。

でも、敵はほとんど無傷で逃げている。朝になって敵が体制を整えて攻めて来れば、物資も人も敵の方が豊富で戦にならない。それでも日本兵には自分を守るために逃げるということが許されないから、必死になって戦う。結果全滅するか、退却するにしても、多くの死者を出している。自分たちの戦力を削ぐために敵陣を占領したようなものだ。

そんなことの繰り返しで現地の日本軍が消耗していっても、上層部は「戦果も上げずに引き上げられない」と、退却はさせず、戦略も戦術もなく、ただ消耗戦を繰り返させる。結果終戦時に多くの日本兵が現地に取り残される。

私にこの話をしてくれた方は、英軍の捕虜になることで生きて日本に帰ることができた。しかし、敵に生きて捕らえられてはならないと教えられてきた日本兵の多くは、自らの命を絶ち、あるいは南の地をさまよい、そこで命を落とす。その方々の遺骨の多くは今も日本に帰らない。

南方戦線で亡くなった日本兵の多くは、敵兵というより、日本の軍政によって殺されたと言えるのたろう。だから「殺した側と殺された側が…」となる。

この間の戦争で、日本の為政者が日本人に何をしたのか、日本人は、もっとこのことを知る必要がある。

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