アニメ・コミック

2011年5月16日 (月)

ケロロ軍曹:夏美と冬樹のお父さん

7年間続いたケロロ軍曹のアニメが終わってしまいましたが、2年ほど前にネタにした夏美と冬樹のお父さんの名前、最終回で明かされていたんですね。震災で放送スケジュールが変わって、見損ねておりました。結果は私の推理と違っていました。

私の推測は、

・ 四季のうち春が抜けている
・ 息子の名前は冬「樹」
・ 日向は母方の名字
・ 死別したのではないが日向家との関係は完全に断たれている

ということから、父親の名前は

角川春樹

しかないと思っていたのですけどねえ。

実弟との確執に麻薬取締法違反などの犯罪が重なって角川書店を追われた経緯から、今の角川書店と関係を持てない、だから絶対に名前も出てこない…という推理でした。

先日、この話で思いっきり盛り上がったのですが、一応、アニメ上の設定は

日向春

つまらないf^_^;

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2009年10月23日 (金)

ブリュンヒルデ

神々の黄昏の話ではなくて、一昨日からの話の続きです。

崖の上のポニョのポニョの本名はブリュンヒルデ、父親のフジモリがそう呼びかけるシーンがあります。この名前は北欧神話のワルキューレの一人で、ワーグナーの神々の黄昏のヒロインの名前ですね。

ポニョことブリュンヒルデがフジモリのもとを逃げ出して、海を渡っていくシーンの音楽がワルキューレの騎行のパロディなのには思いっきり受けたのですが、それを延々と続けられたのは…ねえ。

こういうのはネタがわかったところでさっさと次に行って欲しかった。「この波、CGじゃないんですよ!全部セル画でやってるんですよ!」と言われても…

っていうのはまた別の話ですが
f^_^;

ともかく、楽屋落ちはストンと落としてスパッと切り上げるか、永遠にネタを割らないかのどちらかにして欲しいと思いますね。

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2009年10月22日 (木)

秘められた名前

昨日の日向家のお父さんの名前から思い出したのですが…

2004年の映画、ULTRAMANで、主人公が自衛隊を辞めて勤めた航空会社の社長、劇中では「社長」としか呼ばれませんが、エンドロールでは

万城目 淳 草刈正雄

と、名前が出てきます。これ、わかる人にはわかる名前なんですね。

万城目淳というのは、ウルトラQの主人公の名前で、航空会社のパイロットなんです。ウルトラQには整備士の一平という登場人物もいて、同じ名前、同じ役柄の登場人物がULTRAMANに出てきたところで、ウルトラQを知っている人には社長が万城目であろうことがわかるんですね。

私もいつ名前が明かされるかと思って見ていたら、最後まで名前は出て来ず…と思ったら、エンドロールで…

やってくれるなあ

という感じでしたね。こういう「わかる人にはわかる」という仕掛けがわかったときって、気持ちいいですね。

因みに、ULTRAMANではユリちゃんという女性が航空会社の社員として出てきましたが、これもウルトラQのヒロインの名前。ただし、ウルトラQでの役柄は確か新聞社のカメラウーマンで、ウルトラマンのフジ隊員を演じる桜井浩子が演じていました。

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2009年10月21日 (水)

ケロロ軍曹:日向家のお父さん(10/22訂正)

録画してあったBSマンガ夜話、ケロロ軍曹を見た。

公開収録で、来場者から日向家の父親が出てこないことをどう思うかという質問が出たけど、みんな釈然としない対応でしたね。ことによると、言っちゃいけないことなのかも。

父親は名前すら出てこないんですが、

・季節の名前が一つ欠けている
・男の子の名前は冬樹
・日向は母方の姓

ということと、出版社の名前を考えると、ある名前が浮かび上がって、その人と出版社の過去から今までの関係を考えると、父親の話題を出せない「大人の事情」が見えて来る…

ということだと思うんですけどね。思いっきりブラックな楽屋落ちなんで、父親は絶対に出てこないでしょうね。

この楽屋落ちに気づくと、「出てこないことによって存在を強烈にアピールしている」ことになるんですが、いしかわ、岡田、夏目の三氏がそれについてなにも言わないということは…やっぱり言っちゃいけないことなのかも。

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2009年8月14日 (金)

のだめカンタービレ

のだめカンタービレの22巻が出ましたね。どうも、次が最終巻になるようで…

のだめが本屋で平積みにされているを見たとき、表紙を見て「この程度の画力でクラシック音楽の世界を読まされるのは辛いな」と思って、手を出さなかったのですが、妻が借りて来たのを見て、すっかり参ってしまいました。

だって、私の知っている、大好きな世界が、そっくりそのまま舞台になっていたから。

テレビ・ドラマも、上野樹里を見て「本物ののだめだ!」と感じてはまってしまいました。おまけにテーマ音楽がベト7だし。

でも、アニメは見ていません。楽器をCGでやってしまったために、動かせなくなっちゃったのが嫌で…

というだけではないことに、22巻を見ていて気がつきました。

初めに感じていた絵のつたなさ、歪み(失礼m(u_u)m)が、読み続けている内に魅力の一部に変わっているんですね。

アニメはキャラクターデザインでその歪みをとってしまって、整った絵になっちゃったいるんですよね。そうしないと、いろんな角度から見た絵がつくりにくいし、絵が統一できないからだと思いますが。

で、そうなるともう私にとってはのだめではない、と。

ん?ドラマののだめは?上野樹里の顔は歪んでる?

いえいえ、ドラマでは全身でのだめという人間の歪みを出していたからいいんです。

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2009年7月 1日 (水)

鉄輪アトム

香港で鉄腕アトムのCGアニメを作っている。世界市場を狙って、アメリカのハリウッド俳優(ニコラス・ケイジとか)を声優に起用しているとのこと。

2004年のテレビアニメも、世界市場を意識していたんだよなあ。

まあ、問題は世界市場を意識していたかどうかではなくて、今の子どもも昔の子どもも楽しめるものを作ろうとしたら、どっちにも受け入れられないものになっちゃったってことなんだけど…

香港のCGアニメはどうなるんだろうね。なんだか企画として既に外しているような気もするんだけどなあ。もう、アトムはキャラクターだけでいいじゃない…って気がする。

でも、見に行っちゃうのかもなあ。

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2009年6月20日 (土)

うまへたマンガ家

へたうまマンガというのは、すっかりジャンルとして確立されていて、この間書いた西原理恵子も、その一人、でよね?それともサイバラはへたうまと呼ぶにはうますぎるのかな?

まあ、サイバラはおいといて、逆に「うまへた」マンガ家というのもあると思いませんか?一見うまいのに、実はへた…っていうので終わってしまうと、見るものなくなっちゃいますが、「でも実はやっぱりうまいのかも…」というマンガ家。

僕にとっては佐々木倫子(「のりこ」なんですが、僕の頭の中には音読みの「りんこ」で刷り込まれちゃっています)がその「うまへた」マンガ家。「動物のお医者さん」やテレビドラマになった「おたんこナース」が有名所で、今、スピリッツに「チャンネルはそのまま」を月一で連載中。

描線が細いのは僕の好みに合いませんが、その「好み」をはずすとうまいと思う。でも、人の表情が全然かけないんですよね、この人。ところがところが、「感情を素直に表せない」場面でその下手さがうまく出ちゃって、すっごく感じが出ちゃったりするのですよ。

Heaven!なんかがそうなんですが、登場人物がステレオタイプだったりしたときに、ステレオタイプに表情が描けないものだから、変な深みが出ちゃったりしてる…ように感じちゃうんですが、どうでしょう?

ことによると、わざとやっているじゃないかなあと思ったりして、とっても気になるマンガ家です。

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2009年6月19日 (金)

西原理恵子

NHKに、西原理恵子が出ていた。最後に一言、サイバラ節が出たけど、とてもまともな人間に見える。

いや、それがいけないとは言わないし、実際まともな人間なのかもしれないけど、マンガの中の自画像とのギャップがでかい。だいたい、こんな美人だってばらしちゃって、いいのか?

毎日かあさんで、すっかりメジャーになってしまったけど、あ、これまた悪いとは言わないけど…

たださ、他の作品を、間違って買っちゃう人が出てこないか、気になる。

ま、それもいいか。
(^-^)

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2009年4月20日 (月)

PLUTO

浦沢直樹のPLUTOの連載が終わった。って、もうニ週間前だけどね。

この作品、僕にはアトムがアトムで、ウランがウランなのが嬉しかった。
キャラクターが変わってるし、ロボットに見えないし、浦沢直樹の絵。でも、出てきたとたんにアトムだとわかる顔、ウランとわかる顔、それが嬉しかったんだ。

そういう意味で秀逸だったのが田鷲警部と中村警部。出てきたとたんにわらっちゃったけど、ちょっとしか出てこなかったなあ。

でも、お茶の水博士とヒゲオヤジの区別がつかなかったぞ。
(-_-メ

最後は手塚治虫の地上最大のロボットのラストシーンをなぞって終わってるんだけど、浦沢作品としてのテーマは…なんだっけ?
f^_^;

MONSTER以降、浦沢作品は連載で読んでいると、終わったときに、いったいどんな謎があったのかさえわからなくなっちゃうんだよねえ。

MONSTERと20世紀少年は、ネット喫茶でまとめ読みして理解したけど、PLUTOは…読み直すほどの作品じゃないような気がするんだよなあ。

ゲジヒトが死んで、アトムが復活してからのこの作品、浦沢直樹が書きたかった作品なのかなあ、とまで思っちゃう。

エンドロール(?)の前の数ページは、手塚治虫へのオマージュを通り越して、「やっぱりこれは手塚先生の作品でした。お返しします」と言っているように感じるし、その後は自分の作った物語の背景を乱暴にぶっ壊しちゃったみたいに見えるんだよなあ。

通しで読んだら納得できるのかな?それを確認するために、読んでみる?

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