日記・コラム・つぶやき

2012年9月30日 (日)

ある家族

義兄が亡くなり、葬儀に出席してきた。

二年前に骨髄性慢性白血病と診断されて薬物治療を受けていたが、薬物治療が効かなくなって7月に骨髄移植手術を受けた。一時は快方に向かっていたが拒絶反応が出て、危ない状況という連絡を受けたのが今月の16日。26日に亡くなった。

亡くなった義兄は61歳、28歳と25歳の子どもがいる。

通夜のあった昨日、姉たちの住む町に向かう新幹線の中で、私は父が死んだときにことを思い出し、あの時に私が感じたことを、彼らも感じてくれるだろうかと考えていた。

葬儀会場に付くと姉や子どもたちの顔には思っていたような暗さがない。

ああ、感じてくれているんだ、と私は思った。

無宗教の通夜、式場には読経の代わりにチェロの音楽が流れている。弔問客が個人に挨拶をし、残された私の姉や子どもたちと言葉を交わしていく。姉や子どもたちの顔には涙はなく、ときおり笑顔浮かぶ。

そう、父が死んだときも、変な言い方だが、明るい葬式だった。

翌日のお別れの会では、義兄の友人や残された家族が亡くなった義兄に語りかける。さすがにみんな何度か声を詰まらせるが、でもその言葉は今そこにいる義兄に向けられている言葉。

葬儀が終わり、私たち兄弟(もう一人の姉と妹)と姉の古くからの友人で姉の家にいった。子どもたちも交えて、みんなで話しているうちに、妹がこういった。

お別れの会でのみんなの言葉を聞いていて、いい家族だったんだなと思った。

私は思わず大声で言ってしまった。

違うんだ、そこは過去形で言うんじゃないんだ!

今の言い方、おもしろい…子どもの一人がいう。

そうなんだ、僕の話は、よくこんな言い方になっちゃう…ちゃんと言おう。

この家族の関係は、死んだことくらいじゃ変わらないんだよ。だから今でも、四人はいい家族なんだ。

姉が「そう」と言ってうなずく。

思っていたことを口に出してみて、ふとこんなことを思った

「死が二人を別つまで」なんて言うのは間違い?

でも、たぶん二人では難しいのだと思う。死を超えて関係が続くのは、家族だから。

だから姉の子どもには、葬儀で見せた頼もしさをたのんでこうお願いした。

おかあさんは、お前たちとはちょっと違うところがあるからな。そこは気をつけてやってな。

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2012年5月14日 (月)

久しぶり

1年のご無沙汰ですねえ。この一年間、ほぼ完全にネット人格が消えていましたが、ネット活動を再開しようと思います。

再開を機会に、ブログタイトルを変えました。名付けて

 Puzzling Days

すっかり(体が)大きくなった子どもたちとの日々をパズルに見立てて…というのもなくはないのですが、実は、ニコリのパズルを解いているときに、ふと

 そういえば、ブログが放置しっぱなしだなあ

と思ったのが再開のきっかけだったからだったりします。

まあ、中断前と同じように、子どものこと、ボランティア活動のこと、音楽のこと、料理のこと、パズルのこと、その他思いついたことを、書いていこうと思います。

これといったテーマのないブログなので、

 May puzzle and daze you

かも…

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2011年5月 8日 (日)

God bless America

God bless America、かつてこの言葉に憧れていた。

ハーレーダビッドソンに乗ったハイウェイパトロールを主人公にした映画、エレクトラ・グライド・イン・ブルーで、シカゴとポインター・シスターズが歌うエンディングテーマでは、この言葉が延々と繰り返された。

日本という国を肯定できない日本人にうんざりしていた私は、アメリカという国を素直に肯定できるアメリカ人が羨ましかった。

アメリカのオバマ政権と、日本の菅政権には似ているところがある。どちらも国民の信頼を得られず、政権樹立後の選挙では国民からNoと言われている。

しかし、国民と政府の関係は、両国で大きな違いがあるように思う。

アメリカの場合、国民と政府の間にアメリカという国がある。アメリカ国民はアメリカという国を愛し、信じ、オバマ政権をそのアメリカの運営を預けるに足らないものとして批判しているように思う。

日本はどうだろう?日本国民にとって、日本という国はどこにあるのだろう?自分と、日本という国と、日本の政府の関係はどうなっているのだろう?

「国を相手に訴訟を起こす」という言葉を使う、民主国家日本の国民にとっての国とは何なんだろう?

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2010年2月23日 (火)

銭湯を知らない大人たち

この間の土日に温泉に行ったときにひらめいた戯れ歌をご紹介。あまりに古くて元歌がわからないかもしれませんが。

銭湯がなくなって ぼくらは生まれた

銭湯を知らずに ぼくらは育った

大人になって 温泉に行く

風呂場の作法も 知らないままで

ぼくらの名前を おぼえて欲しい

銭湯を知らない 大人たちさ

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2010年2月11日 (木)

建国記念日

今日は建国記念の日。twitterで、「移動祝日にしないほど大事な日?」とつぶやいている人がいた。

建国記念の日は戦前の紀元節、2月11日の由来は初代天皇とされる神武天皇が即位したとされる日、この日を建国の日とするということは、日本は天皇の国ということになっちゃう訳だね。

でもこの「天皇の」というのがいささか微妙で、日本が「天皇の統治する」国であった期間って、どの位あったのかな?

1192年に鎌倉幕府が成立してから長い間武家政権が続いているけど、その前は日本は天皇が統治していたかというと…平清盛から実質的な武家政権が始まっているし、その前は藤原氏、更にその前は蘇我氏と、天皇家以外の人間が実験を握っていた期間が多い。

ただ、武家政権時代を含めて、天皇制を廃止しようとした権力者はいなくて、自分が天皇になっちゃおうとした権力者も少ない。万世一系とは言えなくても、天皇家の血筋はつながっていて、天皇に認められることが日本の統治権を得ることだった。だから戦国大名は京を目指したんだし、明治維新では天皇を担ぎ出して国を治めた…

開国やむを得ずという幕府に対してもう一つの権威の天皇を持ち出して、一旦、「尊王攘夷」という形で反幕府、反開国勢力を集結させ、「尊王」を満たしたら「攘夷」を投げ出して開国しちゃった、と言ったら乱暴すぎるかな?でもそれができるだけの力が「天皇という存在に」あったんだよね(「『天皇に』あったん」じゃないと思うけど)。

終戦でアメリカに占領されたあとも、この「天皇という存在」の力の有用性を認めたGHQは、天皇制を形を変えて存続させることにして、今の憲法で天皇は「日本国と国民統合の象徴」ということになったんだけど、それまでの歴史を見てみると、ずーっと天皇は「日本国の象徴」だったんだよね。

今の内閣総理大臣が、「議会の助言と承認により天皇によって任命される」のって、武家政権時代の征夷大将軍が天皇によって任命されたのと似ている。「この人を任命しましょう」というのと、「俺を任命しろ!」というのとの違い、どちらも天皇には実質的な拒否権がない。

という訳で、「日本は天皇の国」というと「そりゃ違う!」と思うけど、「日本は天皇によって象徴される国」というと、「歴史的にそうだ」と、私は思う。

でも、2月11日という日付の根拠になっている神武天皇って、歴史?神話?

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2009年8月29日 (土)

米軍の消防車

米軍の消防車
日本に駐留しているのでアメリカ海軍の消防車に書いてあった文章。

Protecting those who defend America

米軍基地のある某市の防災訓練に参加していたんだけど、市民は守って貰えるのかな…

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2009年8月23日 (日)

大砲の音

物騒なタイトルですが…富士の裾野の自衛隊の演習場の近くに来ています。

大砲の発射音と、炸裂音なのかな…聞こえています。

音としてさほど大きくはないので、これで目が醒めた訳ではないのですが、鼓膜が圧迫されている嫌な感じが続いています。

低周波の凄い音圧…というより、これは一瞬の風圧が、何度も繰り返されている感じですね。

本当に、嫌な感じ。

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2009年8月19日 (水)

ロボット工学の三原則

アイザック・アシモフの作品に登場する、ロボット工学の三原則。

  • 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  • 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
  • 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

「ロボット工学三原則」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2009年8月13日 (木) 21:47  UTCより引用

たった三つの規則で、ロボットが「有益で無害」なものになっている。

第一条、第二条で、安全で役に立つロボットができる。それを決定的にしているのが、第三条だ。どんなに安全で役に立つものでも、それ自身を守ることができなければ、その効果は続かない。自分自身を守る力を与えられることで、価値が確立される。

普段、忘れられている、というより、思いつかないことだと思う。多くの場合、身を守ることは悪のように思われてしまい、「自分の守り方」を持たない人や組織が多いのではないか。そういう人や組織が危険にさらされたと感じると、ひたすら保身に走ってまったく役に立たなくなってしまったり、場合によっては必要以上に相手を攻撃してしまう。

「自分の守り方」は、どんな人も組織も、持つべきだ。何のために自分を守るのかを明らかにした上で。

ところで、人間が実際に作ったもので、「有益で無害」なものは、たぶん、まだない。

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2009年7月10日 (金)

1969年(つなぎ記事)

実は今日は風邪で会社を休んでいる。今週の始めから風邪っぽかったんだけど、昨日、熱が急に上がって、測ってみたら38.6度。ひさびさに8度を超える熱を出してしまった。

なんだかんだで一応、発熱相談センターに連絡。症状、状況を話して、新型インフルエンザの可能性は低いという言葉をもらってから、今朝、かかりつけの医者に行ってきた。ま、夏風邪ですね。

昨日の続き、というか、昨日の記事と今朝の記事の関係を含めて、もう少し書いておこうと思う。

反体制のシンボルとしてのロックのスピリッツは、1969年のウッドストックで終わってしまったというのが、ホテル・カリフォルニアの例の歌詞のひとつの解釈なんだけど、当時はこれで終わったという感じはなかったよね。

日本だとどうだろう。それまで反体制のシンボルはフォークだったのが、ここから本格的にロックに移行していった感じかな?でも、「日本のフォーク」から「欧米のロック」に移ったことで、やっぱりスピリッツは失われたんだろうな。なんせロックの方が「格好よかった」んだから。スピリッツの抜けたフォークは、「四畳半フォーク」に移っていっちゃうんだよね。

1960年代の終わりというのは、日本に英米のロックバンドがどんどん来るようになった時期で、そこから洋楽ヒットチャートの上位をジミ・ヘンドリクス、エリック・クラプトンがいたクリーム、レッド・ツェッペリン、アメリカだとシカゴ、サンタナなんかのロック・バンドが賑わすことになるんだよね。

そうなるともう、商業ロックってことになるんだろうけど、シカゴなんかは反戦、反体制を看板にしていたし、髪を伸ばしてロックやってれば、その前のエレキやGSブームと区別もつかない大人は不良に見てくれたし…(別にエレキやGSやっていたのが不良と言っているんじゃなくて、当時の大人社会はそう見ていたというこlとなんだけど)。

まあ、当時お子ちゃまであった私にとっては、ロックは反体制音楽だった訳ですよ。

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酒のみ

今年がウッドストック40周年だということを思い出したのは、イーグルスのホテル・カリフォルニアを歌ったから。「当ホテルでは1969年以来、そのようなSPIRITSは持ち合わせておりません」という、あれ。

ワインをくれと言われてこう答えるんだけど、SPIRITSは蒸留酒のことで、ワインはスピリッツじゃないはずなんだけど…まあいいや。

僕はお酒は好きなんだけど、滅法弱い。もっと飲みたいと思っても、酔って飲めなくなるのが嫌。「酒もいいんだけど、あれで酔わなければもっといいのにねえ」なんて、嫌なことを考える。

だから、酔うために飲んでいる人と酒を飲むのは本当に嫌、もっと言っちゃうと、不快。へへへ、これじゃサラリーマン勤まらないよなあ。

でも、酔おうが酔うまいが、酒自体が好きで、酒自身を楽しむ人と飲むのは、本当に気持ちいい。酒に強い人と弱い人とでは、酒の楽しみ方が違うかというと、そうではなくて、飲み方は違っても、酒の楽しみ方は一緒だったりする。同じ飲み方を強要されたりしなければ、酒の強い人と飲んだほうが楽しい。それぞれのペースで飲めば、長い間楽しく過ごせるからね。

もう久しくそういう酒は飲んでいないけどね。ま、そのうちそういう酒を飲む機会もある…かな?

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