書籍・雑誌

2009年7月 8日 (水)

古典…じゃなかったのかなあ

かつて「すでに古典になっている」と思っていて、いつでも手に入ると思っていた本が、ぜんぜん手に入らなくなっている、そんな本が僕にはたくさんある。だいたいが推理小説の分野。

まあ、古典っていうのは大げさ、というか、僕一人の思い込みかもしれないけれど、例えばハリイ・ケメルマンのラビ・シリーズ。「金曜日ラビは寝坊した」は推理小説ベストなんとかにはだいたい入っていたと思うんだけど、それすら手に入らなくなっているし、他の本は洋書ですら見つからない。

日本人作家だと、都筑道雄、これまた古典と呼ぶのは大げさか。僕が好きじゃない時代物の砂絵シリーズはまだ手に入るけど、それ以外はとんとだめ。何年か前に光文社からアンソロジーが出たけど、ホテル・ディックや西連寺剛ものを一編だけ読まされたんじゃあ欲求不満になっちゃう。

好きなのは日本の下町を舞台にしたハード・ボイルド。ちょっとひねった本格物の退職刑事や物部太郎、それに「浅草の北方」(^_^;を舞台にしたシルヴィアも好きだ。

最初に読んだのはカート・キャノン原作の「酔いどれ探偵街を行く」の翻訳、これのバスティッシュの…あれ、忘れちゃった f^_^; はあまり気に入らなかった。それよりも舞台を日本に移してのハード・ボイルドの方がずっといい。

でも、手に入らないんだよねえ。

なんだか本、というより作品そのものがすっかり消耗品扱いされているような気がするんだけど…うーん、僕の好きな作品って、残っていくような作品じゃないのかなあ。

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2009年5月28日 (木)

栗本薫逝く

栗本薫が亡くなった。

もっとも僕が読んでいたのは、本格時代の伊集院大介シリーズ、ぼくら三部作、比較的新しいところでは六道ヶ辻…彼女が最後まで書き続けたグイン・サーガは、一冊も読んでいない。

だからファンを名乗るつもりはないけど、どうも僕は、現代、近代の日本の中に作り出された、栗本ワールドが好きだったようで、完全に架空の世界の中での栗本ワールドには興味がわかなかったように思う。

現代日本の中に生み出された栗本ワールドは、僕には現実世界との間に隙間が見える。でも、栗本薫は、その隙間に気づきながら「これでいいの!」と言い切っているように感じられて、そこに不思議な快感を感じていたのだと思う。

そう言えば、オーソ・ブッコという料理を始めて知った、「グルメを料理する十の方法」は、いわばネロ・ウルフの女性版だが、「いいの!あなたが勝手に誰かに似ていると感じても、この世界は私のオリジナルなの!」と栗本薫は言っていたように思う。そして、少なくとも僕に「そうだね」と言わせてしまうだけの力を彼女は持っていた。

伊集院大介は、天下一大五郎のような悩みは抱かずに向こうの世界に行ってしまったし…いや、抱いたから行ってしまったのかな?違うよね。

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