音楽

2010年3月11日 (木)

中世音楽の精神史 -私的西洋音楽史-

金澤正剛という人の「中世音楽の精神史」という本を読んだ。

何年も前(ことによると10年以上前)に買ったっきり読んでいなかったのを、2週間ほど前にまとまった空き時間ができたのをきっかけに読み始めて、やっと読み終わった。

ノートルダム楽派からアルス・ノヴァ、イタリアトレチェントにかけてのボリフォニーと記譜法の相互発展について、今まで断片的だった知識がつながった気がする。曲種の話がほとんど出てこないんで、すっきりしたからかな。

久しぶりに古楽の時間が取れて、これまた買ったっきりほとんど聞いていないマンロウの「ゴシック期の音楽」を聴いているけど、やっぱりこの時代の音楽は私の「興味の外」だなあ。この後フランスのシャンソンなんかを取り入れながらイタリア音楽が発展して、後期ルネッサンスからが私の音楽、というのを再確認しちゃった感じ。

黄金のイタリア初期バロックがあって、ドイツ音楽が芽生えて、私にとっての暗黒時代の中期バロックへ…ま、暗黒時代というより、全然聞いていないんだけどね。

ことのついでにこの先の「私的西洋音楽史」を書いておこう。

暗黒時代が終わるとドイツ音楽一辺倒の時代に突入してドイツ古典派、ロマン派街道まっしぐら。19世紀末にイタリアオペラが突如復活して最後の一花を咲かせると、フランス音楽、ロシア音楽も活躍を始めて一気に国際化へ…でもポーランドにはごめんなさい。

イギリス音楽?ダウランド、バード以来長らく沈黙を続けていたイギリス音楽が、私にとって本格的に復活するのは…クリームからだ。

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2010年2月13日 (土)

小澤…

録画したきり見ていなかった名曲探偵アマデウスの消化中。1月にやった、ブラームスの1番。

演奏は1992年の、サイトウキネンオケ、小澤が若い…と思ったんだけど、たぶんこの当時の感想は「小澤、年食ったあ」だったろうな。オーボエの宮本文昭は、文句なく若い。

今となっては、ホルンの位置にも違和感を感じる。

1990年代は、もう「昔」なんだねえ。

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2009年12月 7日 (月)

ラフマニノフのヴォカリーズ

藤澤ノリマサのセカンドアルバム、アパショナート。まだ買っていないのですが、CDショップで見たら、Prayerのカップリング曲、赤い砂漠の原曲がラフマニノフのヴォカリーズ嬰ハ短調と書いてありますね。

この曲、原曲がわからなくて、「ヴォカリーズ…じゃないよねえ」と思っていたのですが…

「Ah 乾いた砂へと…」というところのメロディーが、ヴォカリーズに「ちょっと似てるけど…違うな」と…

だって…原曲のリリシズムが…全然…好きな曲なのに…

「…」ばかりになっちゃいますね。
(^_^;

藤澤ノリマサファンの皆様、機会がありましたら是非、原曲をお聞きくださいませ。

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2009年12月 5日 (土)

2010

2009年も、もう12月、最後の月。来年はもう2010年なんだなあ。

なぜ「もう2010年」なのかというと、2010っていう、バッハの小フーガニ短調に歌詞をつけた曲があったんだよね。

TWENTY TEN IS THREE AND FORTY YEARS AWAY

っていう歌詞だったと思うから、1967年の曲?変だな、私まだ小学生…43年前の英語の歌の歌詞を憶えてるなんて、ちょっと怖い、かな。

次は2525年か…

IN THE YEAR TWENY FIVE TWENY FIVE ...

しかし…久しぶりだね…

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2009年11月11日 (水)

パッヒェルベルのカノン

上地雄輔こと遊助がパッヒャルベルのカノンのメロディーに詞をつけて、「いちょう」というタイトルで歌っていますね。

四分音符で始まって、だんだん動きが細かくなって、32分音符になったところが使われているのですが、ここが原曲の一番いいところ(^_^)。

でも、このあと長いんですよね。クライマックスがあまりに早く出てきてしまうのが、この曲の難点だと思っています。

あ、「いちょう」の方じゃくて、原曲のカノンね。

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2009年11月 4日 (水)

子どもたちに贈るスペシャルコンサート

11月2日にオーチャードホールで開かれた、大野和士指揮、リヨン歌劇場管弦楽による「子どもたちに贈るスペシャルコンサート」に、中学生の息子と行ってきた。

曲目はドビュッシーの牧神の午後への前奏曲とストラヴィンスキーの火の鳥。火の鳥は、よく演奏される1919年版の組曲ではなく、1911年版の組曲(カッチェイ王の踊りで終わる)に子守歌から終曲の流れを加えた演奏だった。

牧神はやけに濃厚な響きの演奏で、ホールとオケの相性の関係なのか、ねっとりとした演奏。「この曲はもっと透明感が欲しいな」と思いながら聞いていた。

火の鳥は冒頭の弱音から音が大きい。全体に弱音部で音が落ちきらないのだが…

途中ではたと気がついた。意図的にこういう音楽を作っているんだ!たぶんね。

クラシックを聞き慣れない子どもたち(大人も)にとって、弱音部の緊迫感を味わうのは難しい。緊張してしまうか、音楽に集中できずに、結局は飽きてしまう。

それを避けて、無理なく聞ける音楽を作ったのがこの演奏なんだ。

王女のロンドが終わってカッチェイ王の踊りに入ろうとした時に大野和士が言った言葉が象徴的だ。

「お待ちかねのカッチェイ王です!」

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2009年10月13日 (火)

ホグウッドのメンデルスゾーン

ちょっと忙しくて(仕事以外)ネットから遠ざかっていたら、まる一ヶ月あいてしまいましたね

(^_^;

空き家と間違えられないように、たまには書かないと…

先週の土曜、何気なくNHKの教育テレビをつけたら、ホグウッド指揮のN響でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をやっていました。見始めた時にはもう3楽章の終わり近くで、「なんだか違うなあ」と思っていたら、初稿による演奏だとか。

でも、実は私が「なんだか違う」と思ったのは、曲じゃなくてオケ、なんだかN響じゃないような音がしてるなあと思ったんですよね、特にチェロの音が。

指揮者でオケの音が変わるのは当然なのですが、この音、好きかも…続くスコットランドは3、4楽章だけ聞かされて欲求不満なので、16日のBSでのN響定期の録画予約を入れました。

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2009年9月12日 (土)

サンタナ・ウッドストック・エディション

サンタナ・ウッドストック・エディションを買ってしまった。

サンタナのファースト・アルバムとウッドストックでのパフォーマンスを収めたライブCDの二枚組。サンタナのファースト・アルバムのCDは、これで3枚目になってしまった。単独で1枚、初期パフォーマンスを集めたCDとのカップリングで1枚、そしてこのウッドストック・エディション。

そんなに好きなアルバムじゃないんだけどね(^_^;。ネットで見つけた時には見送ったCDなんだけど、ウッドストックの全パフォーマンスが収められているとわかって買ってしまった。

ウッドストックでフライド・ネックボーンもやったんだ。Fried Neck Bones and Some Home Fries、トリの首のフライとフライド・ポテト…だろうな、サンタナの初期レパートリーで、ブートレッグに良く収められている。

揚げたトリの首にしゃぶりついて、骨にこびりついた肉を歯でこそげ落として黙々と食べている…そんな感じの曲。

このウッドストックでのパフォーマンスでは、チェピートのトランペット・ソロが収められている。

チェピートはファースト・アルバムの裏ジャケットの写真ではトランペットを吹いているんだけど、今まで聞けたのは3枚目のガヒーラでのフリューゲル・ホーンだけ。トーンがいまいち魅力ない…と思っていたけど、このフライド・ネックボーンでのトランペットは悪くない。

ま、買ってよかった…かな。

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2009年9月 5日 (土)

絶対音感の得失

調性感をググッてこんなページを見つけました。

http://www.gem.hi-ho.ne.jp/solfa/apm.htm

音楽教室だか教材だかのページで、調性感のある絶対音感を身につけようというもので、そのためにはまず絶対音感、このとき移動ドでの階名唱はやってはだめで、絶対音感が身についてから曲のなかでの各音の、音階上での位置を理解するようにしようというもの。

私は「絶対音感だけじゃだめですよ。調性感も身につけないと、調性音楽はできませんよ」と言っていると読みました。

調性感を持った絶対音感、たしかに最強かも。

では調性感を持たない絶対音感と、確かな相対音感ではどちらが良いか?

無調音楽をやるなら絶対音感が有利。あとは?

基準音なしでチューニングできるのって、弦楽器に良さそう、純正五度の響きは覚えないと、他の弦楽器奏者に嫌われるかもしれないけど。

クラリネットやトランペットのような移調楽器は相対音感の方が有利。クラリネットのようにBb管とA管を持ち替えたり、Eb管用の楽譜をBb管のトランペットで吹くなんてことは、絶対音感を身につけた人にはとても難しいことかもしれません。

転調は?絶対音感で音高だけで音をとっていけば、転調なんて関係ないけど、相対音感でも、遠い調への転調って、それぞれが非常に特徴的な響きの変化を持っているので、無調的にコロコロ変わるっていうのでなければ、対応できると思います。

絶対音感で問題なのは、古楽器による演奏が定着したことで、基準ピッチが約半音違いで三つ存在してしまっていることでしょう。古楽器の世界は、絶対音感を持った人には地獄かもしれません。

絶対音感を身につけるCDや、絶対音感が身につくという音楽教室が人気があるようですが、将来の音楽の幅の広がりに期待するのならば、絶対音感は身につけないほうが無難かもしれません。

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2009年9月 4日 (金)

響きと音高

自分が音痴であることを白状しちゃいましたが、そんな私がどんなふうに音楽を聞いているかというと、「響き」を聞いています。

音色と音高を分離できないから、両方を合わせた「響き」としか聞きようがないんですね。これで十分楽しいのですが、対位法的な多旋律音楽の構造を聞き取って鑑賞するなんてことはできません。和声的な音楽の全体の響きの中から特定の旋律線をいくつか聞き取るまではできても、構造まではとてもとても。

そのせいか、バロック音楽がだめでした。なんだかがしゃがしゃした音楽というふうにしか聞こえなくて、好きになれませんでした。

バロック音楽が好きになったのは、古楽器による演奏が出てきてからで、楽器の音色のテンションが低く、古典音律で共和感が高いためか、古楽器による演奏だと、バロック音楽が響きとして聞けるんですよね。

こんな私と対照的な音楽の聞き方をしているのは、絶対音感を持った人たちでしょう。

人から聞いた話ですが、絶対音感を持った人に、ドファラの和音とドミラの和音とでは、どっちの方がドミソの和音に似ているかと聞いたら、ドミラの方だと答えたのだそうです。理由は、共通している音が多いから。

絶対音感を持った人がみんなそのように感じるかどうかはわかりませんが、この人にとっては、長和音と短和音の響きの違いより、同じ高さの音がどれだけ多いか方が重要なんですね。私にはわからない世界で、非常に興味深い話でした。

ドミソとシレファでは、どっちがシレソに似ていると感じるかなんてことが、今更気になっちゃいましたが。
f^_^;

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